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VOL.118 深大寺周辺を散策してきました

中高時代の友人が主催している「江戸東京歴史散歩」が年に2,3回行なわれるのですが、今回も参加してまいりました。
今回は『深大寺周辺を歩く』です。

深大寺という名称は皆様もお耳にはしていらっしゃると思いますが、どのようなところかご存知ですか。
私も何十年か前に行ったことがあるのですが、どのようなところか覚えていないのです。
お寺様というより観光名所のひとつになっているのでしょうか、主要駅よりのバスの本数も多く、境内を歩いている方も、お参りというより見学集団のような方々や外国人の姿も多く見られました。
又、参道脇の所でキャンバスに向かって絵を書いている方も。

 
 

私達も見学者として(観光客ではありませんが)、いつもいろいろとご説明くださる先生の資料を見ながら拝見してまいりました。

「深大寺は奈良時代の天平5年(733)に満功(まんくう)上人が創建したと伝えられ、都内では浅草寺(628年創建)に次ぐ古刹といわれている。」という書き出しから始まった解説には、「はるかに海を越えてやってきた若者と地元の長者の娘との恋物語が深大寺開創の伝説であり、深大寺と言う名前の由来でもある・・・」と、お寺としては大変色っぽい伝承が書かれておりました。

由来を書くと長くなりますので省きますが、本尊は本堂に安置されている「木造阿弥陀如来坐像」(市指定文化財)で、あの恵心僧都の作といわれています。

優れた建造物であるといわれている「茅葺の山門」をくぐって入り、「鐘楼」・「条香楼」「本堂」「釈迦堂」「元三大師堂」「開山堂」「深沙堂」と巡って拝観してまいりました。
少々残念だったのは、ほとんどの仏様が暗い堂内に設置されており、網戸やガラス戸越し、または隙間から、覗き見てきましたので、はっきりと鑑賞・・・とはいかなかったのです。
ここは美術館ではないのですから、仏様のお立場から言えば当然なのでしょうけれど・・・。

さて、今回参加したもうひとつの大きな理由は「深大寺のお蕎麦を食べてこよう!!」ということだったので、当然、目的を果たしてまいりました。
門前の参道には友人が探しておいてくれた有名なお蕎麦屋さんがあり、仲間たちと「てんもり」を味わってきました。
お蕎麦も当然おいしかったですし、てんぷらも主役の蕎麦を引き立ててくれました。
バス停のそばには「そば守観音」が鎮座しておりました。右手にそばつゆの徳利、左手にそば玉かそばの実を持っているように見えるこの愛らしい観音様は、
お客様を呼び寄せる観光親善大使かな?
秋には「深大寺そば祭り」が行なわれるようですね。

満足したお腹を抱えて、神代水生植物園、深大寺城跡、祇園寺と回り、「板垣死すとも自由は死せず」という文言で有名な板垣退助によって植えられた二本の赤松が、「自由の松」と称されて天高く聳え立っているのを眺めて、今回の歴史めぐりは終わりました。


御堂の前で手を合わせると、凡人の私でもやはり有難い気持ちになるのは不思議だな・・と言うようなことについても・・・、
同じ日のテレビ番組で「熊野詣」(神仏融合の聖地)が取り上げられており、法王や上皇が何十回も参拝したという話題も・・・、
数日前にノートルダム大聖堂の大火災という衝撃的な出来事があったことについても・・・、
触れたいと思いながら、手をつけられませんでした。
機会があったらまた・・・。
(2019年5月10日)